OBOG寄稿 第一弾  〜鉄のよろいが砕けた瞬間~シティリペアの成功の秘密とポートランドのアドバイスを通して~

〜鉄のよろいが砕けた瞬間~シティリペアの成功の秘密とポートランドのアドバイスを通して~

岡田直晃(著) 2009年、2016年参加

Portland 私が週末学校の研修に参加していたのは2009年。しかしその時はJaLoGoMaには参加できませんでした。2016年の週末学校でOBと市民の参加が認められ、7年越しの願いが叶いました。この7年の間、私は環境を大きく変え、考え方や生活も一変しました。週末学校に参加していた時は、津市東京事務所の職員でした。しかし当時は市町村合併直後であり、庁内の合言葉はいつも「一体感の醸成」で、思想的な統制がかかっていました。勤務時間外に社会人大学院に通うことや、人事課が選んだ人材以外に週末学校に参加することは「良くないこと」として許されませんでした。

そんなこっそり参加していた週末学校で「ポートランドに行く」とは言えず、チャンスを逃しましたが、今思い返すとJaLoGoMaに参加できたのが2016年でよかったと思います。もし2009年に参加していたら、見えていなかったもの、見過ごしていたものが無数にあり、貴重な機会を数多く棒に振っていたでしょう。

津市を退職後、民間のコンサルタントに転職し、公共施設やインフラの老朽化対策に携わりました。さまざまな自治体に外から携わり、形だけ整えようとする担当者とはぶつかるなど、通常の行政コンサルタントではありえないような動きもしていました。ある自治体では「話を聞きたい」と呼ばれて行ってみると、「まだ予算がつかないが、話を聞かせてくれ」と危機感を持った一部の職員の方が印刷室に集まっていて相談に乗ったこともあります。それはそれで充実していましたが、やはり心のどこかでもう一度自治体職員としてやってみたいという気持ちがあったのかもしれません。

DSC_10092012年、習志野市が任期付職員の応募を行いました。公共施設の老朽化に本格的に取り組むということで、私はこれに応募し、採用していただきました。習志野市では、公共施設の老朽化が進んでおり、予算の削減で大規模改修や建て替えが進んでおらず、建築後40年を経過した施設が80%以上に達していました。25年間の計画を策定する中で、統廃合にも触れていたため説明会ではいつも反対者の怒号が飛び交っていました。しかし無作為抽出のアンケート調査を行うと、70%の市民が実施すべきであるという結果であり、その矛盾に悩み、苦しむとともに、後ろ向きな各課の対応に怒り、諸処の対応に疲れ果てるという日々でした。

2016年のポートランドでの研修は、暗闇の先から射す一筋の光でした。西芝先生やダンをはじめ、多くの皆さんの話を聴き、いろんなものを見て考え、自分の考えていることを話し、私が仕事として取組んでいる“いま”と、ポートランド“いま”がはっきりとつながりました。それは悩み苦しんでいる現状が、しっかりと先の道筋につながっている、自分のしていることが決して間違いではないということを認識できたということでした。

研修の序盤では「市民に聴いてみる、市民に従う」というフレーズが多かったため、聴くべきタイミングと聴き方により、方向が全く異なることを体験していた私は、素直に耳を傾けることができませんでした。しかしある現場に行って私を覆っていた“鉄のよろい”は砕け散ります。その現場は「シティ・リペア」の現場でした。

「シティ・リペア」は、住宅街の交差点で減速せず通過する車に対して、なんとか減速させる方法をということで始まった市民活動です。交差点の路面を色とりどりにペイントするというものでした。その時の市当局の反応は、活動を禁止するというものであり、私たち日本人の感覚から違和感はないものでした。さらにその時とった市民の行動も、日頃私たちがよく耳にするようなもので、父を市の幹部に持つ関係者の友人のコネを頼りに交渉を試みるとか、議会の請願を経て正当性を訴えるというものでした。重要なのはここからで、そうした行動により、認められた後の行政の対応は、きちんと塗料の種類を指定することであったそうです。滑りにくい、視覚的な錯覚を起こさないと言った様々な試験を経て、指定の塗料を市が決めたということです。この行政の対応はとても真っ当な対応で、そうした真っ当な行政の対応は日本でもありうることです。

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市民が道路をペイントし始めた時、市が禁止をしたのは、いくら ”Keep Weird”の街とはいえ、安全性などに照らし、その価値観をすぐには理解できなかったのだと思います。しかしきちんと議論が尽くされ、価値が認められた後は、それぞれが役割をきちんとこなしていることは、私が苦しんでいる”いま”と、その先にある光の中の”いま”をつなぐ貴重なきっかけでした。

IMG_5811 (1)最終日前夜、PSUの近くにあるピザ屋でダンと話しました。その時私はダンにこう言いました。「色々貴重なことを教わったが、帰国後すぐに使える土産が欲しい。」すると彼は少し間をおいて話し始めました。

「近々住民説明会があると言っていたね。私もそのような場面は何度も経験がある。反対している市民がいつまでも大声で話し、手がつけられないこともある。その時はこちらから何かを話すのではなく、まず彼らの言い分を丸聴くことから始めるのさ。そして、いいか、ここからが大事だぞ。彼らの言うことをホワイトボードにそのまま書き続けるんだ。パソコンがあれば入力して、それをプロジェクターで映せばいい。延々とそれを続けるのさ。すると『おい!いつまで続けるんだ。早く説明を始めろよ。』という声が上がる。そこからようやく話し始めるのさ。」

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早速、帰国後に職場の課でこの話をしました。「そんなことをしたら反対意見が増えて、それに同調する人がいて、手をつけられなくなるのではないか?」と言われましたが、何とか説得をして試してみることにしました。いつもは市から説明を行い、その後市民からの意見を聴くという進め方でしたが、ダンの言うように逆にしてみました。パソコンとプロジェクターをもう1台ずつ準備をして、意見や質問に対して上司が応え、その横で私がその意見をパソコンで入力し、会場のスクリーンに映し出しました。

それぞれの意見を文字にしていくと明らかに状況に変化が起こりました。マイクを手にすると延々と持論を述べる人は、自分の言いたいことが文字になって前に映し出されると話が早く終わりました。汚い言葉を使う人は、文字になって眼前にその言葉が現れると、言葉遣いが変わりました。これらの人はいつも説明会に来るので、顔も覚えていますが、こういった人の質問が早く終わると、若い子育て世代の方などが質問を始めたり、私たちがとても勉強になるような建設的な意見が出てきたりしました。

習志野市での任期は、公共施設マネジメントの計画策定と、老朽化した公民館や図書館を統廃合し、駅前の公園と一体的に再生するPFI事業者との契約が済み、役割を無事に終えることができました。その時の経験を活かして、2017年より和光市で同様に取り組みを進めています。関わっていただいた市民の皆さんからは、「今までにない期待を感じる」、「とても楽しい」と言った言葉が聞かれるようになりました。こうしたことを一つずつ続けていける環境があるということはとても幸せなことであるし、それをさらに評価していただけるというのはありがたいことです。JaLoGoMaに参加をして、劇的なイノベーションはなかったかもしれませんが、自分を客観的に見つめ、捉える機会は唯一無二の場だと思います。”いま”があるのは間違いなく、ポートランドを訪問したあの時のおかげです。

 

岡田直晃

2009年東京財団週末学校参加時 津市(三重県)東京事務所職員

2016年JaLoGoMa参加時 習志野市(千葉県)政策財務部資産管理課主幹

2018年現在 和光市(埼玉県)企画部資産戦略課主幹

 

 

 

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